コトノハのコトダマ

アラフォーのおばさんが日々感じることや好きなことについて気ままに書いています。

【世間】は存在しない

どんな人でも、毎日過ごしている中で
「他人の目」が気になることがあると思います。

これ自体は、まったく気にしなくていいものではありません。
社会の中で生きていくのに、多少は気にした方がいいものではあります。

しかし、「世間の目」とか「世間体」などというものは、
はっきり言って気にしなくていいです。

なぜなら、それは存在しないからです。


世間とは世の中のこと


そもそも、世間とはどういうものでしょうか。

世間(せけん)とは、仏教用語であり、出世間(しゅっせけん)とあわせてこの世を二分して見る言葉である。移り変り、破壊を免れない迷いの世界という意味である。

さらに、日本ではこの用語は一般名化して、「この世」「世の中」「社会」のことを表す用語として使われている。転じて歴史学者阿部謹也は、日本社会が“Society”の訳語としての「社会」に当てはまらない性質があるとして、旧来の「世間」の呼称を採用し、西欧的「社会」との比較研究としての「世間論」を展開した。また、「世間」と書いて「よのなか」と読むこともある。(ウィキペディアより)


元を正せば仏教用語なんですね。

そして、【世の中】や【社会】を表す用語として使われている、と。

意味の通りなら、
世間の目=世の中の目=社会の目
とも言えそうです。

世間はあなたを見ている?


が、ここで少し考えてみましょう。

【世の中】だの【社会】だのと言うものの、
果たしてどれだけの目があなたに向いているんでしょうか?
言うほど、今のあなた自身は【世の中】や【社会】には気付かれていませんよ。
そんなあなたが言う「世間の目」とは、一体何なのでしょうか?

過去には「世間に注目されたい」という動機で犯罪に手を染めたケースもありましたが、
方向性が間違っているのは理解できると思います。

「世間」とは、その言葉を口にした瞬間にだけ存在するもので、
次の瞬間には消えてなくなっています。

というより、
世間の目を気にして夢中になれるものや好きなことを決めるなんて、あり得るのでしょうか?
それは好きなことでも何でもないですよね。

結局、幻想である


【世間】は、夢中になれるものや好きなことが見つけられない人が、
自分を正当化するために勝手に作り上げたものです。

もの、というよりは存在しない何か、幻想と言ってもさしつかえありません。

存在しないものに左右されるほど、あなたは空虚ではないはずです。

惑わされず、あなた自身の人生を歩んでいきましょう。